2010年11月アーカイブ


今月23日、北朝鮮が黄海上の韓国領延秤島(ヨンピョンド)を砲撃するという大事件が勃発しました。核開発の継続といい、全く北朝鮮のようなところが国家として存続していることが不思議でなりません。

かといって北朝鮮の大多数の国民には罪はありません。国家を牛耳っている一部のどうしようもない悪人たちの仕業です。ゴルゴ13みたいな人物が現れてこの悪人達を始末してもらえないものかと半分まじめに考えることでした。

この紛争は単なる他国の出来事では済まされません。情勢が緊迫していきますと金融が混乱しそのツケは確実に私達の生活にも悪影響を及ぼしますし、婚活にも多大な影響が予想されます。何とか大事にいたらないで終結して欲しいものですね。

ところで、昨日、庭の手入れにきてくれた造園業の方から、裏庭の枇杷の木をみて『花が殆んど咲いていないようだから、来年は枇杷の収穫は期待しないほうがいいですよ』と指摘されました。毎年結構な量の枇杷を収穫してきましたので、これは大変とその理由を聞きましたら『いろいろ考えられるけど周りの竹が伸びすぎて陽があたらなくなっているのがいちばん大きな原因じゃないか?』とのこと。

確かに今年は竹の生育状況がすこぶる順調でこれまでになく丈が takebayasiだよ~ん.jpg伸びています。そういわれてみれば、毎年二階の窓から見えていた花火大会の花火が今年は殆んど見ることが出来ませんでした。

それでも花火の方は我慢できますが、枇杷がとれなくなるというのはこれは困るということで、単純な私は直ぐに長靴をはき、ナタとのこぎりを持って竹やぶに入り、丈の高い竹の伐採にとりかかりました。

退院後は余り激しい運動はしないようにと注意されていたので、自称"竹林の管理人"としましても竹林の中に入るのは自粛していましたが、背に腹は代えられぬ?ということでせっせとナタを奮って枇杷の木の周りを中心に大きく伸びた竹を切り倒していきました。上に伸びるだけでなく幹自体も大分大きくなっていましたのでかなりの重労働!2~3日がかりでひと通り整備?しようと思っています。

 

それはそうと、今週の火曜日(23日)、TVで『紳介社長のプロデュース大作戦』をみていましたら、番組の後半で『木城のお見合い大作戦』なるものが企画されている旨の案内がありました。

何年か前に『沼島(ぬしま)の春』という集団お見合い番組が春や秋のスペシャル番組として放映されていて、私は毎回非常に興味を持ってみていました。皆さんの中にもご覧になられた方は多いのではないかと思います。全国にも結構ファンは多かったみたいですが、いつの間にかこの番組はなくなっていました。

これでもって嫁不足に悩んでいたところの男性達が素敵なパートナーをみつけることが出来ていましたから結構成果は大きかったと思います。それが紳助社長の提案でわが宮崎県の木城町で開かれることになりました。来年の1月9~10日の2日間がイベントの日程だそうです。これは『沼島(ぬしま)の春』シリーズに出演し、カップルになった方からのお便りがキッカケになったそうですが、なにはともあれ、こういったことをきっかけに宮崎に婚活ブームが再燃し、結婚ということに対する県民の皆さんの意識の向上に繋がればこれにこしたことはないと思っています。

 婚活やの親父こと

             

                  (宮崎の結婚相談所 エントリー 代表)

 

 

 

 

 


11月18日、県北では氷点下を記録するなど県内各地はこの冬いちばんの冷え込みを記録しました。暑さ寒さ両方に弱い私としては、朝布団から起き出すのにかなりの勇気?を必要としますが、それでも散歩するのには大して汗もかかずに帰ってこれるのでその点だけは助かっています。

 昨日は私がいちばん気に入ってる生目神社コースを歩いてきました。 IMG_2315.JPG期待通り、木々は紅葉し景色を楽しみながらの優雅な散歩をすることができました。

市内にいながらにしてのどかな田園風景の中を散歩できるというのは最高です。素晴らしい光景に出くわしてはいつもカメラをもってきてないことを悔やむことを繰り返してきましたが、昨日ばかりは忘れずにしっかり持参していましたのでバチバチと撮りまくりました。

それにしても散歩っていいものですね。歩き出すまでは仕事が忙しかったりすると面倒だから止めようかなと思うときが多々ありますが、いったん歩き出すといつも来てよかったと思います。 退院したばかりの頃はたった2週間とはいえベッド生活を余儀なくされ、長い距離を歩くということが殆んどなかったので大分足腰も弱っていましたが、退院後しっかりと散歩を続けていますので何とか歩きながらのふらつきはなくなってきたようです。

 

ところで、先日、成婚退会された男性が菓子折りを持って挨拶にきてくれました。年齢41歳。ただ、成婚退会といっても残念ながらこの方はお相手はエントリーの会員さんではなく彼の父親の紹介で知り合ったという38歳の女性でした。

この方はエントリーで何回かお見合いをされましたが、残念ながら最初の4件は全部お相手の方からお断りという残念な結果で終わっていました。

ここまではよくある話ですが、彼の場合立派だと思ったのは先ず、今年中に絶対結婚するという目標を掲げ、それに向かってひたすら努力していました。結婚するためにはお相手をみつけなければならないということで、エントリーに頻繁に出かけてきてはせっせとお相手選びをしていきました。

正直なところ年収、ルックスといった客観的条件は今一歩という状況でしたし、これまでは引っ込み思案で女性と殆んどお付き合いをしたこともないということでしたので、会話も下手。なんとか私達の後押しでお見合いに漕ぎつけてもしばらくするとお相手の方からは『良い方だとは思うんですがちょっと...』といった感じでお断りの連絡が入るという感じでした。

そのつど私たちは彼の話をじっくり聞き、お相手の方のお断りの理由を聞いて、どこが拙かったのか、それは何故か、その為には何をどうしたら良いかについて話し合いをしました。

特にオクサンが女性の立場から『それは拙かったですねえ。女性はそういうことを言われると傷つくものですよ。 ...』とか細かくアドバイスしていました。

彼は彼でそのアドバイスを熱心に聞くとともに、選ぶお相手についてもじっくり考えて選ぶようになりました。最初は自分の年齢等客観的条件にはお構い無しに若くてきれいな方ばかりを選んでいました。その内、自分の結婚市場における立場を客観的に評価するようになり、そんな自分にふさわしいと思われる女性を選ぶように変わっていきました。

その結果、お見合い申し込み時点で殆んど全滅だった彼が、徐々にお見合いの申し込みを受けてもらえるようになり、その中の2人の方と交際に入るところまでいったんですからたいしたもの。この調子だと成婚も近いなと思っていましたら、幸か不幸かエントリー以外の方と婚約されました。

正直ちょっと残念な気はしましたが、彼のことを考えるとほんとに良かったなあと思います。

『エントリーさんの特訓のお蔭で、何とか結婚できることになりました。ほんとに有難うございました』

その言葉だけで私たちは充分でした。『おめでとう。良かったですね。しかし、これは私達のお蔭ではなくあなたが、年内に結婚という目標を掲げ、それに向かって努力された成果ですよ。ほんとによく頑張りましたね』。私達は心から彼を祝福しました。

往々にして、自分のことを過大評価して自分が結婚できないのはこんな自分に相応しい『良い人』が現れないからだと責任を他に転嫁し、努力をしようともせずなかなか結婚できないでいる方がおられます。そういった方達はこの事例をみてどう思われますか?これは実際につい最近までエントリーで会員として活動しておられた方の実話ですが...。

婚活やの親父こと 

              哲

                  (宮崎の結婚相談所 エントリー 代表)

 


 11月3日、今年の文化の日は私にとって非常に幸せな一日となりました。

というのは、斉藤佑樹投手を擁するわが母校早稲田大学が、早慶で優勝決定戦を行い4シーズン振りに見事に優勝を果たしたからです。

TVから応援歌『紺碧の空』が流れてくるのを聞くと、ついついこちらも一緒になって大声をあげて歌ってしまいました。校歌や応援歌の歌詞というものは何十年前に覚えたものであっても意外と覚えているものなんですね。最近のことは5分くらいまえのことであっても思い出せないことがザラですけど...。

私の学生時代は授業を欠席することは決して珍しいことではありませんでしたが、早慶戦に関しては4年間一度も休んだことがないというほど、私にとって早慶戦は特別なものでした。それだけに、早慶の決定戦でもって優勝が決まるという中での今回の優勝は全く"感動!"でした。

おまけに斉藤佑樹というスーパースターがいたお蔭でマスコミでもこれまでになくニュース等で何度も何度も大きく取り上げていましたので、そのたびに何十年か前の学生時代に戻れたようで幸せな気分に浸れました。

 

私の学生時代には、もと中日にいて首位打者になっ 1[1].jpgたこともある谷沢や荒川といった好選手がいたお蔭で何度も優勝することができ、新宿までの優勝パレードも何度も経験しました。このパレードの様子はTVで見る限りにおいては昔も今も大して変わっていないようでした。

早慶戦といえばそれにまつわる話しは沢山あります。TVでみられた方はお分かりいただけたかと思うのですが、一塁側内野スタンドには女子学生の姿が沢山みうけられます。

この風景は私達のころも同じでした。最近でこそ早稲田にも女子学生がかなり入学してきているようですが、私達の頃は文学部を除き、女子学生は1クラスに1名いるかどうかといった状況でしたから、早慶戦の早稲田側一塁スタンドにいる女子学生の半分以上は他の女子大生が占めていたように思います。

どうしてそのような現象?が起きるかといいますと、スマートで女性にモテモテといわれる慶応ボーイ(真偽のほどはわかりませんが...)と違って野暮ったい学生が多かった早稲田では自分でガールフレンドをつれてきて早慶戦に花を添えるといった器用なことはできません。

従いまして、早稲田のいろんなサークルでは早慶戦の前になると東京の有名女子大との合ハイ(合同ハイキングの略)が盛んになるのが常でした。

他の女子大でも早慶戦だけはその雰囲気をじかに味わいたいと15[1].jpgいう風潮が強かっただけにこのときばかりは両者の利害?が見事に一致。合ハイの交渉もスムーズに行われましたし、早慶戦に誘うこともできました。そんなわけで一縷側スタンドには他校の女子大生が沢山いたというわけです。(現在は分かりませんけどね)

早慶戦終了後は同伴した?ガールフレンドと長く交際が続いたカップルというのは残念ながら余りいなかったように記憶しています。『早慶戦の終わりが縁の切れ目』ということだったのでしょうか...。

それでも早慶戦は春と秋の2回にわたって行われますので、私が所属していたサークルではそれに合わせ伝統的に?合ハイを必ず春と秋2回総計線の前に実施して、にわか仕立てのカップルで早慶戦に出かけていったものです。そんなときばかりは、しみじみと『早稲田の学生でよかった...』と思ったものです。

そんなこんないろんな思い出が次から次へとよみがえってきて頭の中を走馬灯のようにかけめぐります。まだまだ書きたいことは沢山あるのですが、自己満足の世界で終わりそうですので今日のところはこのへんで!

 婚活や 親父こと

          哲

             (宮崎の結婚相談所 エントリー 代表)

 

 

 

スピード退院


前回のブログで紹介しましたとおり、今回は以下にこの前の続きを書いてみたいと思います

 

さて、手術した18日から私の本格的な入院生活が始まりました。

手術後の私はどういうわけか、ナースステーションの近くの重症患者が入るという個室に入れられていました。

 

18日の夜から翌朝にかけては、点滴の他、酸素吸入器や心電図等のいろんな計測機器につながれていましたので殆んど身動きがとれず、寝返りをうつことさえままならぬ苦しい一夜を過ごしました。

翌朝になって徐々に酸素吸入器や心電図などいろんな機器を一つづつ外してもよいということになりそのたびに楽になっていきました。

翌19日は全く食欲がなくフラフラ状態でしたが、20日になると食欲も出てきてかなり元気を回復していました。

 

その間入れ替わり立ち替わり沢山の看護師さんにお世話になりました。思えばエントリーにも看護師の方が沢山入会しておられるので、フーフーいいながらも関心をもって彼女達の動きをみていました。 

 

県病院の場合入院病棟は三交代制でしたが、少人数で沢山の患者の世話をみており、彼女達はほんとに忙しそうでした。『なるほどなあ、これではどんなに美人さんでもお相手を見つける暇なんてないよなあ』とエントリーに限らず、結婚相談所に看護師さんが多い理由がよく分かったような気がしました。

 

それはそうとその後の私の回復振りは目覚しく、ベッドの周りをウロチョロ動き回る私をみて初対面の看護師さんなどは私を付き添いの人と間違えたくらい元気を取り戻していました。食事をしっかり摂ったからだと思います。

                                          

もっとも、病院食自体は私にはとても食べられたものではありませんでした。朝昼晩いずれの食事にも私が大の苦手である人参がこれでもかというくらい沢山使われていましたので見ただけでギブアップ!、それならと、家から私の好きなおしんこを持ってきてもらいそれをもとにご飯をしっかり食べた成果だと思っています。

 

ところで見舞いにきてくれたこの業界に詳しい高校時代の友人 花.jpgの話によれば、県病院の脳外科はレベルが全国水準で、県外からも沢山患者がくるほど優秀なんだとか...

 

そういわれてみれば確かに術後の痛みもなく、『けいれん』もなく、耳が難聴になることもなく、私はほんとに運がよかったんだろうなあと思いました。 

 

22日からはノートパソコンをもってきてもらい、仕事を始めました。病院から大っぴらに認められたことではなかったので、看護師さんの目を気にしながらの作業でした。それでも結構やりたいことはやり遂げることが出来ました。疲れましたけどね。 

フォームの始まり

 それにしても今回の私の入院騒ぎに関しては周りの人に多大な迷惑をかけてしまいました。

特にウチのオクサンには大変迷惑をかけました。それまで二人でやっていた仕事を2週間もの間オクサン一人に任せることになったうえに、家事はいつも通り!

 

その上に病院での看護という余計な仕事が加わったのでその苦労は並大抵なことではなかったと思いますが、愚痴ひとつこぼすでなく立派にこなしてくれ心から感謝しています。かといって面と向かって有り難うと素直にいえないところが私の悪いところですが、これはもう今更どうしようもありません。きっと分かってくれていることだろうと勝手に信じることにしています。

 

ただ、私としてもこれ以上オクサンには負担をかけられないということでいろいろ考えた挙句、せめて看護という手間だけでも減らしてやりたいという気持から早期退院を決意し、実行に移しました。

 

もともと今回の入院は順調にいって3週間、術後の経過によっては最長3ヶ月位ということでした。それを26日の抜糸、その翌日のCT撮影後何も異状がなかったら退院してもかまわないんじゃないかと勝手に判断。医師に相談したら、CT撮影の結果何にも問題となるところが見つからなかったらいいでしょうという条件付で28日に退院OKということになりました。

                                  

14日に入院して28日の朝には退院ということで入院期間は丁度2週間。超スピーディーな退院となりました。オクサンは早すぎるんじゃないかと心配していましたが、21日に点滴が終了して以降は他に薬を呑むでもなくただ、ベッドでおとなしく寝ているだけの毎日でしたから、私としては早く退院したくてウズウズしていました。

 

28日に無事退院。 担当医師も看護師さんたちも良い人ばかりでしたが、やはり、私には断然『娑婆』の方が魅力的です。帰宅したら、直ぐ風呂に入って2週間分の垢をきれいに洗い流しました。

 

そのあとは溜まった仕事に目を通し、結局いつもの通り23時ころまで仕事をしてしまいました。その後自分のベッドでぐっすりと眠ることができて今回の入院騒動に一応の決着がつきました。

 

ほんとに今回は家族をはじめ姉夫婦、お見舞いにきてもらった親戚友知人の皆さんには本当にお世話になりました。

また、たまたまエントリーにこられ私の入院のことを知ることになった会員の皆さんにはその後もメール等でいろいろ気を遣っていただき有難く思っています。

 

そして、遠方にも拘わらずわざわざお見舞いにきていただいたNNR他支部の先生、お守りを下さった取引先の方その他、この度は大変お世話になりありがとうございました。皆さんの情の熱さにはホントに胸に染みるものがあり、心から感謝しています。早く元通りになって皆さんに恩返しをしなければと思っている次第です。

 

婚活やの親父こと

            哲

                (宮崎の結婚相談所 エントリー 代表) 

 

 

 

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